医師 宮沢あゆみのコラム「PMSの治療方法」
月経前の女性に心身の不快症状をもたらす月経前症候群(PMS)。
ストレスが溜まらないよう職場環境や家族関係を見直しし、生活習慣に気を配っても、なお症状が改善しない場合には、治療の対象となるだろう。
PMSの治療には色々な方法があり、症状に合わせて、鎮痛剤、抗不安薬、漢方薬、低用量ピルなどが用いられている。自分の症状やライフスタイルに合った治療法を探してみよう。
1.鎮痛剤
頭痛、腹痛、腰痛、下腹部痛など、主たる症状が肉体的な痛みの場合には、非ステロイド抗炎症薬(NSAIDs)が使われる。
ロキソニン、ボルタレンなどが代表的で、これらの薬は頭痛や月経痛の緩和にもよく用いられる。カロナールなどのアセトアミノフェンもよく使われる。鎮痛剤は痛くなってから服用するよりも、痛くなる前に早め早めに服用するほうが効果的だ。
2.抗不安薬
憂うつ感や不安感など、主たる症状が精神的なものである場合には、抗不安薬としてデパス、リーゼ、ソラナックスなどがよく使われる。
抗精神病薬である選択的セロトニン再取込み阻害剤(SSRI)は、米国などでは第一選択薬となっている。デプロメール、パキシルなどが用いられる。排卵から月経前の黄体期だけ服用しても効果がみられるとの報告もある。
3.漢方薬
PMSの治療には漢方薬もよく使われる。自然に存在する植物などを使った生薬である漢方は、過度に副作用を気にする必要もないので、副作用が心配で低用量ピルに踏み切れない方にはお勧めである。
低用量ピルのような即効性やキレはないが、東洋薬である漢方は、個々の不具合を解消するというよりも、体質改善を促し、自然治癒力を高めることによって穏やかに効いていく。他の薬剤との併用も可能で、長期にわたって服用できるため、最初に用いられやすい薬である。
漢方薬の処方に当たっては患者の体質を重視する。東洋医学では体質の違いを「証」と呼び、やせ細って抵抗力が弱い人を「虚証」、体格ががっしりして抵抗力のある人を「実証」という。虚証と実証の中間を「中間証」という。
また、「気血水」という概念を重視する。「気血水」は漢方医学における病態診断の基本である。「気」とは目に見えない生命エネルギーであり、「血」とは血液である。「水」とは水分で、リンパ液、消化液、唾液など血液以外の体液を指す。
東洋医学では、生体は「気血水」がバランスよく循環することによって健康を維持しており、「気血水」のどれか1つでも不足していたり、流れが悪かったりすると心身の不調が現われると考える。
例えば、「気」の流れが不足した状態が「気虚」で、「何となくだるい」「やる気がおこらない」などの症状が現われる。「気」の流れが滞った状態が「気滞」で、「イライラ」などの症状が現われ、「気」が落ち込んだ状態が「気鬱(きうつ)」である。「気」の流れが逆流した状態は「気逆」で、「のぼせ」「動悸」などの症状が現われる。
また、「血」が不足した状態が「血虚」で、「立ちくらみ」「集中力の低下」などの症状が現われ、「血」の流れが悪くなり滞った状態が「瘀血(おけつ)」で、「月経不順」「肩こり」「便秘」などの症状が現われる。「水」が滞った状態は「水滞」で、「むくみ」「頭痛」「悪心・嘔吐」などの症状が現われる。
東洋医学では、「虚証」か「実証」か、「気血水」のうちどれが欠けているために不調が現われているのかを考え、患者の体質や症状に応じて生薬を使い分けるのである。
ちなみに、“婦人科三大処方”といわれる漢方薬は、加味逍遥散(かみしょうようさん)、桂枝茯苓丸(けいしぶくりょうがん)、当期芍薬散(とうきしゃくやくさん)である。これらの漢方薬はPMSの治療にも積極的に用いられている。
「虚証」で「気虚」が認められ、イライラなどの精神症状を訴える人には“気剤”と呼ばれる加味逍遥散や抑肝散(よくかんさん)などがよく用いられる。「実証」で「瘀血」が認められる場合には桂枝茯苓丸や桃核承気湯(とうかくじょうきとう)などが用いられ、「中間証」で「水滞」が認められ、「血虚」の症状がある場合には当期芍薬散や五苓散(ごれいさん)などを用いることが多い。
その他、だるさや疲労感が強く、「気虚」や「血虚」が認められる場合には補注益気湯(ほちゅうえっきとう)、十全大補湯(じゅうぜんたいほとう)などを用いる。漢方では「気」や「血」の不足を補うことを目的としたものを“補剤”と呼ぶ。“補剤”には滋養強壮作用のある人参と黄耆(おうぎ)が含まれていることが原則で、“参耆剤(じんきざい)”とも称される。十全大補湯は「補剤」の代表的な存在である。
漢方薬の強みはオーダーメイドの処方が可能なことだ。一種類の漢方薬で複数の症状に効果があり、個々の体質や症状に合わせて複数の漢方薬を組み合わせることもできる。ひとりひとりの個人差が大きく、多彩な症状を示すPMSは、漢方薬が強みを発揮する分野のひとつである。
4. 低用量ピル
PMSは排卵後に卵巣から分泌が増えるプロゲステロン(黄体ホルモン)と関連しているため、薬で排卵を抑制し、プロゲステロンの分泌を抑えることによって、不快症状を取り去ろうというのが低用量ピルの原理である。その効果発現は早く、患者さんは服用を開始した月から効果を実感する。
PMSに悩む女性のなかには、月経が近づくだけで、「またあの不快な時期がくる」と思い、憂鬱になる人も多い。ところが、ピルを服用するとピタリと症状がおさまるため、「長い間悩んでいたけれど、こんなにも簡単に症状が消えるのなら、もっと早く服用すればよかった」「痛みも消え、精神的にも楽になり、人間関係もスムーズになりました」などと報告してくださる方が非常に多い。
さまざまな症状が長期的、複合的におこり、特に精神症状が強い場合には、多くの薬を服用するより、低用量ピルを服用した方が効果的だ。低用量ピルは、PMSの治療に際して積極的にお勧めしている第一選択薬である。
次回は、低用量ピルの効果がいかに劇的かを、具体的な症例を通して紹介してみることにしよう。