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医師「宮沢あゆみ」による病気の話。「仮面うつ病」

医師 宮沢あゆみのコラム「仮面うつ病」

前回は、更年期によくみられる症例のうち、発症の「原因」を見極めるのが難しく、それゆえに誤った診断を下されることも多い「心身症」という症例を紹介した。
今回も診断が非常に難しい、一風変わった名前の疾患をご紹介しよう。
 
<症例5> その1
最近、食欲がない。体重も減少し、疲労や倦怠感が強い。寝汗もひどく、目を覚ますとシーツがびっしょり濡れていることもある。ひどい肩こりや頭痛、手足のしびれもある。動悸や呼吸困難感を覚えることもある。

夫に付き添われて内科を受診したが、医師を前にしたら、自分の症状をきちんと説明することができず、ダラダラととりとめのない話になってしまった。医師は問診を打ち切り、血液検査や心電図検査などを行なったが、特に異常は認められなかった。これも更年期のせいだろうか?

  
食欲減退、体重減少、疲労、倦怠感 →甲状腺機能亢進症、低血糖
寝汗、肩こり、頭痛、手足のしびれ →自律神経失調症、内分泌疾患
動悸、呼吸困難感         →不整脈、狭心症、心筋梗塞、過換気症候群

患者の主たる悩みが身体症状のみで、あたかも“不定愁訴のデパート”のようにあれこれと苦痛を並べる場合がある。このような場合も、内科的な検査によって、想定される疾患の可能性を1つ1つ調べていくのは当然だが、患者自身が“何がつらいのか”をきちんと整理して説明できずに、話があちらこちらに飛んで、いっこうに要領を得ない場合には、「うつ病」を念頭におく必要がある。

実は「うつ病」なのに、本来の精神症状が目立たず、全身倦怠感や肩こり、頭痛などの身体症状だけが前面に出ていることがある。これを「仮面うつ病(masked depression)」という。この変わった病名は、1958年にイスラエルの精神医学者であるVojtech Adalbert Kralによって名付けられた。身体症状という「仮面」をかぶっているが、実態は「うつ病」なので注意しなければならない。

「心身症」の患者が「失感情症(alexithymia)」と言われて、自分の気持ちを上手く表現できないように、「うつ病」の患者は自分の抑うつ感や不安感をうまく表現できない。「うつ病」で生じる思考障害の一つに、「思考抑制」あるいは「思考停止」と呼ばれるものがある。「考えが前に進まない」と表現されるように、思考が停止して、物事を理路整然と説明できなくなるのである。

このため、一見したところ「うつ病」には見えなくても、患者の話に脈絡がなく、次第に論点がずれていき、受診の趣旨がつかみ難くなった場合には、根気よく症状を時間軸に沿って整理していく作業が必要となる。当事者が常に「真実」を語っているとは限らないが、当事者の話をよく聞くことによってのみ「真実」が見えてくるのである。

  
<症例5> その2
半年前からひどい腰痛に悩まされている。次第に足のしびれもでてきて、痛みとしびれのために、夜もよく眠れない。耐え難い不快感のために、イライラして何もやる気がおきなくなった。

整形外科を受診して湿布薬と消炎鎮痛剤を処方されたが、あまり改善しなかった。この痛みとしびれさえなくなれば、また普通の生活ができるのに、と思うと口惜しい。

  
「うつ病」の患者は、「意欲がわかない」「根気がなくなった」「イライラする」などの精神症状があっても、その原因が、「腰痛」や「しびれ」から来ていると自己流に解釈して、身体的症状のみを強く訴えることがある。患者はすべての症状を正直に語るとは限らないので、当事者によるバイアスがかかった情報を整理するのも、問診時の大事な作業となる。

「仮面うつ病」は精神症状が目立たず、身体症状のみが全面に出ているため、「抑うつのないうつ病」、「うつ代理症」などと呼ばれることもある。本人にも病識がないため、原因がわからずに、ドクターショッピングを繰り返して診断が遅れることが多い。心の悲鳴が身体に出ているため、身体だけを診ても原因はわからないのである。

丁寧な問診と症状の整理によって、「うつ病」の診断に行き着けば、抗うつ剤の服用によって身体症状も改善していく。受診すべきは心療内科である。

「心身症」も「仮面うつ病」も病態は異なるが、どちらもストレスが誘因となって更年期に発症することが多い。人間の心と身体がいかに密接不可分な関係にあるかが、これらの症例を通じておわかりいただけたのではないかと思う。

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