医師 宮沢あゆみのコラム「性感染症の輪を断ち切ろう <クラミジア>」
<症例1>
歓楽街のフィリピンパブで働く20代の女性。
婚約者に付き添われて神妙な顔で来院した。
「最近、おりものが増えてお腹が痛いんです。もうすぐ彼と結婚するのに、変な病気にかかっていたらと思うと心配で・・・」
おりものとは膣から出る分泌物のことである。
「それでは、分泌物を採って性感染症の検査をしてみましょう」
検査の結果、クラミジアが陽性だった。
「クラミジアはクラミジア・トラコマティスという微生物が原因でおきる性感染症です。放置すると子宮から卵管へと炎症が波及し、卵管が詰まって不妊の原因となることがあるんですよ」
「治療すれば治りますか?」
「きちんとお薬を飲めば大丈夫です」
彼女は服薬指導を受け、2週間後に来院して再度、検査を受けた。
「再検査の結果、クラミジアは治りました。クラミジアは何度もかかると妊娠しづらくなりますから、再発しないように気をつけてください」
「来月、結婚するので、今後、彼以外の男性とはつきあいません」
こうして彼女は、晴れてパブの常連であった日本人男性と結婚した。
ところが数か月後に、彼女は再び下腹部に違和感を訴えて来院した。
「先生、前回とまったく同じ症状なんです」
「結婚後、旦那さん以外の男性と交渉をもちましたか?」
「そんなことは、神に誓ってありません!」
検査の結果、クラミジアの再発が確認された。
こうなると怪しいのは日本人の夫である。私は別の機会を捉えて夫に質問することにした。
「奥さん、先日クラミジアの治療をして結婚されたばかりなのに、短期間に再発してしまったのです。旦那さん以外の男性と性交渉はしていないとおっしゃっているので、どこで感染したのか釈然としないのです」
「クラミジアは自然にかかることはないのですか?」
「性的接触なしにクラミジアに感染することは、まずありません。現在の性交渉の相手が旦那さんしかいないとなると、今回は旦那さんからもらったとしか考えられないのです。何か思い当たることはありませんか?」
「ムム・・・。実は、ええっと・・ハネムーンで女房の母国であるフィリピンへ行き、そこで魔が差しまして・・・ええっと、あの、その、ちょっとマニラで風俗に行きました。それ以来、僕も排尿痛があったりして何だか体調が悪いんですよね。やっぱり格安の風俗店は不潔なんですかねぇ」
「・・・・・・・・」
検査の結果、夫もクラミジアが陽性だった。
「今回、奥様は旦那さんからうつされたようですよ。今度は夫婦で一緒に治療しましょう。旦那さんも結婚されたのですから、今後はおかしな所には行かないことです」
「(少し考えてから)でも、ですね、結婚前に女房はクラミジアにかかっていたんですよね。ということは、結婚前に女房から僕がうつされていた可能性もあるんじゃないですか?」
「?!」
「結婚前に彼女からクラミジアをうつされたが、彼女だけが治療を受けたために治り、僕の方は治っていなかった。そして、今回はその僕から再び彼女にクラミジアがうつった・・と。そうなると、もともとは彼女が原因だということになりますよね」
「まあ、そういう推測も成り立ちますが、どちらが先にかかったかという犯人探しは堂々巡りになってしまいます。いずれにせよ、今回は奥さんと一緒に治療を受けて、夫婦同時にきちんと治していきましょう」
こうして私は、性感染症は夫婦一緒に治療する、という大原則を改めて思い知らされたのであった。
性感染症はカップルのどちらがかかっても相手にうつしてしまい、一緒に治療しない限り、ピンポン感染を繰り返していつまで経っても治らないので、パートナーの協力が不可欠となる。
カップルで性感染症にかかった場合、どちらが先にかかったのかという犯人探しがはじまることがあるが、「ニワトリが先か卵が先か」と同様に、あまり建設的な議論にはならない。性感染症はパートナーの軽率な行動によって、一瞬にして我が身にふりかかってくるという意味で、夫婦はいわば一蓮托生であることを覚えておこう。