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医師「宮沢あゆみ」による病気の話。「ホルモン補充療法(HRT)」

医師 宮沢あゆみのコラム「ホルモン補充療法(HRT)」

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更年期障害の治療に使われる薬には、抗不安薬、自律神経調節薬、循環系作用薬、漢方薬となど、症状や程度に応じて多様な選択肢があるが、明らかに女性ホルモンであるエストロゲンの減少による不快症状が強い場合には、ホルモン補充療法(Hormone Replacement Therapy=HRT)が第一選択肢となる。

しかし、臨床の現場では、HRTに対する不安や偏見に直面することがある。ホルモン剤に対して「何だか怖い」といった先入観を抱いていたり、「ホルモン剤を服用すると癌になりやすいって本当ですか?」などと質問されることもある。ホルモン治療に対して漠然とした不安感をもっている方が多いのだ。
 
これには理由がある。2002年7月、米国の国立衛生研究所(National Institutes of Health=NIH)が、更年期以降の女性の生活の質(Quality of Life=QOL)に関する疾患の研究を目的として実施していた、Women’s Health Initiative(WHI)の中間報告において、衝撃的なニュースが飛び込んできた。HRTの効果を調べるために行なわれていた大規模臨床試験の一部が、乳癌や狭心症などの冠動脈疾患の発症率が高まったという理由から、突然中止されたのだ。
 
HRTには脂質代謝を促し、動脈硬化を抑制する作用があることから、心血管疾患(Cardiovascular Disease=CVD)による死亡率の高い欧米では、閉経後の多くの女性がCVDの予防を目的としてHRTを使用していた。米国の看護師を対象に行なった大規模臨床試験であるNurse’s Health Studyによれば、HRTは冠動脈疾患による死亡の相対危険度を低下させると報告されていた。

ところが、WHIの中間報告では、これまでの臨床試験とまったく逆の結果が出たのである。当時、米国ではHRTが更年期治療の主流で、対象年齢の約3割に当たる1千万人が利用しているといわれていた。その本場からの報告は、日本の医療現場にも少なからぬ動揺を与えた。

しかし、米国はもともと乳癌の発症率が日本の3倍以上にのぼる国である。また、WHI試験の対象年齢も60歳以上と高齢で、肥満、喫煙者、高血圧患者など、もともと冠動脈疾患のリスクが高い人が多かったことから、この試験結果をそのまま日本に当てはめるのは無理があった。

近年ではHRTの年齢別、投与期間別に様々なエビデンスが出てきている。WHIの中間報告に関しても、国際閉経学会(International Menopause Society=IMS)などの専門機関が再解析を行なっている。その結果、5年以内のHRTでは乳癌のリスクはない、7年でも明らかなリスクはみられない、また、閉経早期の50歳代で行なうHRTは動脈硬化を抑制し、冠動脈疾患のリスクを低下させるとの報告がなされている。

HRTは女性の体をみずみずしく保ち、脂質代謝や血圧の調整に関与し、骨粗鬆症を予防するなど、更年期以降の女性の生活の質(QOL)を改善する究極の全身治療である。HRTは医師の指導のもとで適切に用いられれば、不快感が嘘のように解消し、心身が若返って快適な日常を取り戻すことができるのだ。漠然と不安に思うのではなく、心配な点は医師に質問をして、HRTのメリット、デメリットを十分に理解したうえで治療に参加してほしいと願う。

論語に、「子曰く、民は之に由(よ)らしむべし、知らしむべからず」という言葉ある。本来は「民を従わせることはできても、その理由を理解させるのは難しい」という意味だが、「民は従わせるだけでよい、知らせる必要はない」という権力者の奢った思想を表す言葉だと誤解している方も多い。ひと昔前の日本の医療ならこれに近いものがあったが、今は時代が違う。

インフォームド・コンセント(informed consent=説明に基づく同意)という言葉を耳にしたことのある方は多いだろう。「医師から十分な説明を受けたうえで、正しく理解し、納得したうえで治療に同意すること」である。これが今日の診療のスタンダードなのだ。

医師は専門家として、患者のおかれた環境、既往歴、服薬歴、家族歴、人生観など様々な事情を勘案して、その人にとってベストと思われる治療法をお勧めするが、主役はあくまでも患者自身である。最終的にどの治療法を選ぶかは、医師まかせではなく、主体的に治療に参加し、風評に惑わされない正しい知識を身につけて、本人が納得したうえで選択していただきたいと思う。

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